こんにちは、ゆみこです。
ウクライナ・キエフは、意外と良いところでした。(長年苦楽を共にしてきた大事なパソコンを盗まれたので、一概に良かったとは言えないのですが…。)
前回の記事では、エストニアからウクライナへ進出するコワーキングスペースLIFT99Ukraineを取り上げました。
そして今回は、エストニアではなく、ウクライナ発のコワーキングスペースiHUBを伺い、創業者兼代表のDimitri Podolievさんに取材しました。
ウクライナだけでなく、隣国のモルドバ、ジョージアにも拠点を構え、合計約400社ほどのスタートアップが入居するというiHUB。
しかし、「私たちが作っているのは、ただのスタートアップエコシステムではない」とDimitriさんは話します。
取材は、スタートアップの話から、ウクライナの民主化・発展という壮大な話に。
2014年の革命や、経済不況、はびこる腐敗、そしていまも続くロシアとの紛争など、スタートアップにとって決して楽な環境ではないウクライナ。そんな中で、ウクライナの発展を目指し、現地発スタートアップを育てる、iHUBに迫ります。
経済不況も、政治の混乱も、言い訳にしない。
ーiHUBはいつ、どのように始まったのでしょうか?
iHUBを作ったのは、5年前です。
当時、ウクライナには、スタートアップが一緒に働くスペースがありませんでした。
わたし自身が、スタートアップが集まるかっこいいオフィスやコミュニティの場が欲しいと思ったのがきっかけです。
ー他のスタートアップアクレレーターからは、2014年の経済不況(※)によって、「ウクライナのスタートアップ施設の多くが閉じることになってしまった」と聞きました。iHUBは影響されなかったのでしょうか?
これは私個人の意見ですが、経済不況や革命は、スタートアップアクレレーターが潰れた理由ではないと思います。
彼らが失敗してしまった理由は、アメリカの大型アクレレーターの真似でしかなかったからではないでしょうか。
確かに、2014年は難しい年でした。しかし一方で、革命によって、ウクライナは史上初めて、独立した民主的な国になる本当の可能性を得ました。そしてそれは長期的に見て、スタートアップなどのプロジェクトの種を蒔いたと思います。
2014年の一連の出来事は、テクノロジー業界にいるウクライナ人たちに新しい風を与えたと思います。
「リストラにあってクビ→スタートアップへ取締役として参画」の流れ
ーそうなんですね、そういう考えは知らなかったです。精神面以外には、2014年の革命はどんな影響を与えたのでしょうか?
まず、ウクライナから去る人が減りました。ヤヌーコヴィチ(前大統領)の時代は、何の希望もありませんでしたから。
確かに今もウクライナの状況はいいものとは言えません。が、昔と違うのは、今は民主的な形に少しずつ向かっていて、それを感じているということです。
また、革命や経済不況によって大規模リストラが行われ、大企業で10数年のキャリアを持つ30代の元会社員が、ウクライナに溢れているという奇妙な事態になりました。
彼らは、自分自身でスタートアップを始めたり、前職の経験を生かしてスタートアップにシニアレベルまたは共同創設者として参画するようになりました。
こうして、クビになった元会社員が、スタートアップへジョインするという流れができたんです。
例えば、大手石油企業で長年ロジスティクスに携わっていた人が、ロジスティクスを革新しようとするスタートアップにジョインしたり…。ウクライナでは、スタートアップは若い学生だけでなく、キャリアの長い大人たちも惹きつけています。
スタートアップについて言うなら、2014年の革命は全てプラスの影響を与えたと思います。
「ウクライナの本当の問題は、”法の支配”が無いこと」
ーウクライナの会社の多くが、信用度などの問題からアメリカなど海外で登記していると聞きました。ウクライナのスタートアップがウクライナに税金を払っていないことは、問題とお考えですか?
それは、問題ではないでしょう。表面的には問題に見えるかもしれません。でも、ウクライナの状態を深く知れば、本当の問題は違うところにあることがわかると思います。
ウクライナのスタートアップがアメリカで登記するのは自然のことです。
第一に、ウクライナのスタートアップのほとんどが、国内市場向けではなく、世界市場、特にアメリカを相手にしています。会社を登記するときに考えるべきことは、「顧客はどこにいるのか」・「投資家はどこにいるのか」。そして多くのスタートアップの場合、アメリカが当てはまります。
スタートアップがアメリカで登記し、アメリカに税金を支払うことで自国に税金が入ってこないという問題は、ウクライナだけが直面するものではありません。世界中の国々が、どうにか自分の国に法人を引きつけようと努力しています。
問題は会社登記のしやすさや税制ではないんです。法人税だけで見れば、アメリカの方がウクライナよりもスタートアップに不利ですしね。
ウクライナの本当の問題は、法の支配(rule of law)が機能していないことです。
ーそれは、どういうことでしょうか?
例えば、パソコンをキエフで盗まれたと言ってましたよね。
パソコンも、私有財産も、ビジネスも、ウクライナではそれらを守る法律が機能していないのです。裁判を起こして、相手を訴えたとしても、“正義”が機能する保証はありません。ソ連解体後から20年間、法律のシステムに腐敗がはびこり続けているからです。
ウクライナのスタートアップが海外で登記する理由は、3つです。顧客が海外にいる、投資家が海外にいる、そして法がきちんと機能していることです。
スタートアップがウクライナに税金を納めていないこと自体は本質的な問題ではありません。本当に問題視すべきことは、信用できる法制度が整っていないことです。
ーなるほど。
実は、前回の取材で、エストニアと比較して、「ウクライナ企業は政府に税金を納めていない。このままでは、教育の質も落ちていくのでは」という懸念の声がありました。どう考えますか?
理想的には、ウクライナでスタートアップを起こして、ウクライナ政府に税金を納められたら、良いでしょう。
でも、結局はまた同じ話に戻ります。投資家や株主は、問題があったときに自分たちの権利を守ってくれる法制度がある国を好みます。スタートアップが「ウクライナで登記して税金を納めたい」と言っても、スタートアップの意思だけで決められません。
エストニアのポジションは全く違います。ちゃんとした民主国家です。
e-Residencyを使って簡単に会社登記をすることもできます。何より彼らはEU内ですから、EU市場へのアクセスがあります。
エストニア大統領とも実は先日話し合いましたが、エストニアは他国からコンサルティングを求められるほど進んだシステムを持っています。「エストニアで会社を登記したい」と言っても、投資家も誰も反対しないでしょう。そのくらい状況が違います。
ーエストニア大統領もここに来たんですね。
iHUBはエストニア政府と一緒に、女性のアントレプレナーシップを支援するプログラムを行っています。彼女は、ここでそのレクチャーをするために来たんです。
※ちなみに、エストニア・フィンランドの支援による多くの女性起業家プログラムによって、iHUB内の女性率は、20%から42%まで増えたそう! しかし、Dimitriさん曰く「ウクライナ国全体ではまだまだ」とのこと。
「次のGoogle、Facebookがここで生まれるかも知れない」海外投資家を驚かせる、ウクライナのスタートアップたち
ー会社登記はアメリカでしても、オフィス自体はウクライナに残ることが多いのでしょうか?
そうです。ウクライナは生活費がすごく安いし、優秀なエンジニアを低価格で確保することができるので。(※なぜ優秀なエンジニアがウクライナに多いのかという話は、前回の記事を読んでみてください。)
昔は、ウクライナに残るのは難しかったんです。スタートアップのコミュニティも無いし、投資家に会うためには海外に出て行かなくてはいけませんでした。
今は逆です。ウクライナに海外投資家が会いに来てくれます。iHUBが投資家とスタートアップを繋げる役割を担っています。
ーどのようにして海外投資家は、ウクライナのスタートアップを知るんでしょうか?
大抵、口づてですね。一人また一人と、口コミで広がって行くんです。
ウクライナに初めて来る投資家は大抵、「スタートアップのクオリティが、想像をはるかに超えていた」と言います。
「次のGoogle、Facebookがここで生まれるかもしれない」と言って、その種を見逃さないように投資家たちはウクライナを訪れ続けるんです。
「私たちが作っているのは、ただのスタートアップエコシステムじゃない」ウクライナの民主化を本気で目指す
ーiHUBはウクライナ以外に、モルドバ・ジョージアにも展開しています。なぜ、この二国なのでしょうか?
ウクライナ、モルドバ、ジョージアの3国は、共通した目標を持っています。政治に関して言えば、EUに入ることです。
iHUBはアントレプレナーシップを育てる、中小ビジネスを支える、そして経済を良くするということをゴールとして掲げていますが、これらの上に、実はさらに大きな目標があります。
私たちが目指しているのは、民主的な国家です。
ースタートアップコミュニティを育てるだけではなくて、民主化を進めることがゴールにあるということですか? (想像の何十倍も、壮大なワードが出て来たので聞き直すわたし…)
もちろん、長期的な目標ですが。10年、20年はかかるかもしれません。でも、それが私たちが共通して持つミッションです。
若者を育て、イノベーションを促進し、価値を生み出すビジネスが増えれば、人々にもっと富が行き渡ると思います。そして、iHUBに所属するスタートアップはみんなグローバル市場向けですから、彼らは世界でのビジネスのノウハウ、インターナショナルな考え方を身に付けていくはずです。
そんな彼らの中から、国際的な未来のリーダーが生まれることもあるでしょう。ビジネスだけでなく、国際的な視野を持った指導者も生まれるかもしれません。
ー「ウクライナの民主化に貢献する」という目標は、スタートアップの間でも共有されていることなのでしょうか?
そうだといいなと思いますよ(笑)。
私がここで感じるのは、今が一番ウクライナ人がウクライナに対して希望を抱いている時だと思います。民主的な未来がついに来るのではないか、と。
ウクライナスタートアップの未来は明るいか?
ーウクライナのスタートアップの未来についてどう考えられますか?さらに成長していくでしょうか?
成長は加速していくと思います。
スタートアップの数はここ数年でかなり増えました。iHUB全て合わせて400社ほどでしょうか。
今注目すべきは、クオリティの高いスタートアップが増えていることです。
4年前は、スタートアップのクオリティがそこまで高くありませんでした。でも、今は量・質ともにウクライナのスタートアップは成長し続けています。
伸ばしていきたいのは、キエフ以外の拠点ですね。他都市も成長していますが、まだキエフほどではありません。
ーGrammarlyやPreplyといったグローバルに成功するウクライナ発のスタートアップの影響も大きいでしょうか?
同じウクライナのスタートアップが世界で活躍しているのを見るのは、ほかのウクライナ人にとって大きな刺激になっているはずです。
感想:覚悟が違う。
まず、取材を受けてくださったDimitriさんに感謝です。前回に引き続き、ありがたいことです本当に。パソコン盗まれてからすぐに取材することになったので、少し悲しさが減りました。
取材してみた感想は、「やっぱり覚悟が違う、目標がでかい」と思いました。
法の支配が機能していないなど、問題や不満は、ウクライナにはたくさんありそうですが、それらを言い訳にすることなく突き進んでいる。
でも目指すところが、「国の民主化」だと知って納得です。それだけ強い原動力があればこその活動だなと思います。
ウクライナからずれますが、「切実な目標がある人は強い」で思い出すのは、エストニアの電子政府のこと。
これもただ「人が足りないからオンライン化」という話だけではなくて、ロシアという近すぎ&強すぎな脅威からどう国を守るかという切実な目的がある。
「自分たちで未来を決めなければ、他の者に決められてしまう」ってエストニア大統領も言ってる。
(日本はどうだろうな…….。問題あるのかもしれないけど、良くも悪くもエストニア・ウクライナほど切迫した感じがない気もします。自信ないから小声コメント。)
ウクライナでは、「今が変わる時」という雰囲気がスタートアップ界隈で特に強いようなので、これからGrammarly、Preply、Petcubeに続くような世界で活躍するスタートアップがまだまだ出てきそう。そしてそれは、iHUBから出てくるかも。
すでにウクライナを去りましたが、これからもじとーっとウクライナスタートアップ情報をチェックし続けたいです。モルドバ、ジョージアも気になります。
iHUBリンク
ウェブサイト:http://ihub.world/en/
facebook:https://www.facebook.com/ihubworld
Comments
こんにちは。いつも楽しく読ませてもらっています。最近更新がなかったのでもう辞めてしまったのかと少し残念に思っておりましたが、ウクライナについて重厚な内容でとても面白かったです。また次回もありましたら楽しみにしております。
Rioさん、こんにちは。コメントありがとうございます、とても嬉しいです!励みになります…!これからも続けていきますので、たまにでもちらっと読んでいただけたら幸いです!🐯